【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も

6/21(木) 14:18配信 MBSニュース

 

【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も

 

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6月18日に起きた大阪府北部を震源とする大きな地震は、次の南海トラフ地震の「予兆」ともいわれています。その南海トラフ地震をめぐって今「スーパーサイクル」という言葉が注目されています。大地震は数百年に一度、周期的に起きているとされていますが、実はその何度かに一度は東日本大震災のような巨大地震を起こす周期があり、そのことを「スーパーサイクル」と呼ぶのです。近畿に大津波が襲うことになるかもしれない南海トラフ地震にも、この「スーパーサイクル」があることが最新の研究でわかってきました。

 

【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も

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「スーパーサイクル」とは?

7年前、東北沿岸部を中心に大津波が襲った東日本大震災。M9の超巨大地震。誰も想像すらできなかった時期に発生を予測していた研究者がいました。過去の地震と津波を研究している産業技術総合研究所の宍倉正展さんです。

 

「地層から想像していたものが現実になってしまった」(産業技術総合研究所・海溝型地震履歴研究グループ長 宍倉正展さん・2011年)

 

東日本大震災が起きる7年前から、西暦869年に宮城県沿岸を襲った「貞観地震」に注目していました。宍倉さんが古文書に残る史実と過去の津波の跡などを調べた結果、貞観地震と東日本大震災の津波の被害が驚くほど似ていることに気付きました。そして導き出したのが地震の「スーパーサイクル」だったのです。

 

「仙台の平野の地下に眠る過去の津波の痕跡を調べていた。西暦869年に貞観地震という歴史記録にも残っているが、その津波の痕跡が内陸3~4キロまできているということがわかり、それが500年~1000年の間隔で繰り返し重なっている」(産業技術総合研究所・海溝型地震履歴研究グループ長 宍倉正展さん・2018年)

 

【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も

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南海トラフ地震にもスーパーサイクルがそんな宍倉さんがいま注目しているのが南海トラフ地震です。

 

Q.南海トラフにもスーパーサイクルはある?

「そういうことをいってもいいのかなと思っている」(宍倉正展さん)

 

宍倉さんが目をつけたのが、紀伊半島の南端にある和歌山県串本町の国の名勝「橋杭岩」。

 

「周辺には大きさ1メートル以上の岩が散らばっていて、過去の大津波で流されきたと考えられています」(太田尚志記者リポート)

 

橋杭岩の周辺には岩石が1000個以上散らばっていて、宍倉さんは岩石に残された貝殻など年代測定をすることで、いつ岩石が津波に流されたのか、つまり大津波がいつ発生したのかを調査しました。

 

 南海トラフ地震は、静岡県の駿河湾から九州東方沖まで続く海底を震源に繰り返し起きている巨大地震です。その周期は100年から150年とされていて、前回は戦前の1944年と1946年にM7.9とM8.0の地震が起きています。その90年前の江戸時代、安政期にはM8.4の地震が2つ続けて発生。さらに、約150年前の江戸時代・宝永期には3つの震源域が同時に動き、過去最大級のM8.6の地震を起こしたことがわかっています。南海トラフ地震はその大きさや発生時期にばらつきがあるのです。

 

宍倉さんが橋杭岩の貝殻の年代測定をした結果、宝永地震を起点として遡ると約400年から600年周期で大規模な地震による大津波が複数回起きていることを突き止めたのです。

 

「前回のスーパーサイクルの巨大地震は宝永地震かもしれない。次の南海トラフ地震は(宝永・1707年から)300数十年(経ったとすると)、(400~600年周期に)短いかもしれないが、(スーパーサイクルに)なってもおかしくない」(宍倉正展さん)

 

【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も

 

池の堆積物は“津波の履歴”

「いまだいぶ、池の中に草が生えてきて、向こうハスが生えてきているが、あのハス生えてくると、もう南海地震が近いです」(高知大学 岡村眞名誉教授)

 

もう一人、池の堆積物などの調査によって、南海トラフ地震にスーパーサイクルがあると考えている研究者がいます。高知大学名誉教授の岡村眞さんです。

 

「この5メートルの堤防の地形を10メートルを超えるような大津波が来るというのは、300年とか350年に1回」(岡村眞さん)

 

岡村さんらの研究グループは、西日本にある約30か所の湖や沼に残された津波堆積物を調べました。過去3500年にも及ぶ南海トラフ地震の津波の履歴です。

 

「蟹ヶ池の柱状資料のコアです」(岡村眞さん)

 

岡村さんは池の底からとれた植物の化石などの堆積物から、過去に起きた津波の年代などがわかるといいます。

 

「木の葉がたくさん入っている、木の葉が全部化石ですね。これが年代を測る基本となる。これがだいたい3000年の池の歴史です。ここが池の底になっていて、これから下に古い方にいきます。ここに見えているのが、“宝永(津波)”の砂です」(岡村眞さん)

 

 

 

2000年前の超巨大津波の痕跡

これらの津波堆積物から、岡村さんは宝永地震クラスの津波よりもさらに規模の大きい津波が起きるもう一つのスーパーサイクルがあることを導き出しました。

 

「宝永クラスというか、15メートルクラスの津波がきているが、そういうものはだいたい300年~350年に1度くらい来る。でもそのクラス以上のものが700年に1度きている」(岡村眞さん)

 

また、岡村さんの調査でわかったことは、これだけにとどまりませんでした。その事実を見つけたとき岡村さんは驚愕したといいます。

 

「ここに…厚いですよね。もうほんとうに70センチ以上ありますよね。これが2000年前の超巨大津波の痕跡になります」(岡村眞さん)

 

15メートルの津波を起こしたとされる宝永地震の堆積物の厚さは30センチほどでしたが、岡村さんらが見つけた2000年前の堆積物はなんと倍以上の70センチもあったのです。

 

「宝永をはるかに超えるものが歴史的につかまった。われわれは初めて見つけたんだ、ちょっと興奮しました」(岡村眞さん)

 

今年5月の学会でも、岡村さんらの成果が発表されました。

 

「プランクトンとか化石をみると、砂が厚い。サイクルがあるんです」(岡村眞さん)

 

当日、産業技術総合研究所の宍倉さんも姿を見せました。

 

「100年200年の歴史地震とは何かが違う。もうひとつの大きなサイクルがあるのではないかというのは間違いない」(産業技術総合研究所・海溝型地震履歴研究グループ長 宍倉正展さん)

 

「数百年だけの歴史をたよって最大だろうとか、宝永が最大だろうとかいうのはやめた方がいい。それは必ずしも最大のものではないと考えなければいけない。自然からの警告だと思う」(高知大学 岡村眞名誉教授)

 

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廃炉のための人材育成はいらない〔筒井哲郎〕

 2018年3月12日

 

 

 廃炉作業の需要が今後徐々に増えてくる。原子力を推進してきた官民の団体は、廃炉のために「人材育成」が必要だと強調している。たとえば、原子力委員会が昨年7月にまとめた「原子力利用に関する基本的考え方」の「廃止措置及び放射性廃棄物への対応」という項目では、「廃止措置は長期にわたることから、技術及びノウハウの円滑な継承や人材の育成も同時に進めることも重要である」としている※1。

 

 筆者には、原発の廃炉に、一般の産業施設で培われた既存の技術とは全く異なる特別に難しい技術が必要だとは思えない。

 

 第一に、原発プラントの廃炉は、コンクリート建屋の解体および鋼鉄製の機器や配管から成る一般産業プラントの解体と、物理的には同じである。違うところは、それらの設備が放射能を帯びているので、作業者の健康を守るために厳格な被ばく管理を行わなければならない点である。つまり、技術者は一般のプラント解体技術者であればよく、それに加えて放射線管理技術者が必要だということになる。放射線管理技術は知識の学習を基礎に、現場で経験を重ねて習得する要素が大きい。しかし、所定の課程を踏めば、取り立てて難解ではない。とりわけ、解体は生産設備建設とは違って、経済的な投資回収のための厳しい納期を設定する必要がない。放射能の強い箇所は、十分な時間をかけて減衰を待てばよい。現実的に、通常の原発の廃炉期間を30年程度と設定しているのはこのためである。

 

 第二に、原子力プラントの構成が、一般産業プラントと大きく異なるものではないという点である。原発の開発は、アメリカで原子爆弾を開発したマンハッタン計画が終了した後、核反応から得られる熱エネルギーを民生用の発電所の水蒸気発生に応用したことに始まる。もとからあった火力発電所のボイラを原子炉に置き換えたのが原発である。したがって、原発のタービン建屋は、火力発電所の設計思想を受け継いでいる。原子炉建屋とその中の原子炉設備だけが特殊で、かつ、その部分が強い放射能を帯びているので、解体の最終段階に位置する。原子炉建屋およびその中に設置された原子炉や格納容器の形状が特有だといっても、設計・建設・材料は基本的に同じ工業手法でつくられており、取り扱う上での工学上の考え方がとりたてて異なるわけではない。

 

 第三に、原子力工学という特殊な学問上の知見が必要なのかを問わなければならない。原子力工学の神髄は、原子炉の中で行わせる核反応を制御する領域にある。運転を行わない場合は、その周辺技術としての放射線管理技術者が、作業者の健康を守る被ばく管理をすれば足りるのであって、取り立てて原子力工学の専門家を養成しなくても解体作業はできる。

 

 第四に、どのような工業技術分野の技術者にも身に覚えがあろうが、大学や高校で工学を学ぶとはいえ、それは基礎的な原理を学ぶのであって、就職後に現場において、On-the-job-trainingを経て一人前の技術者に育っていくのである。廃炉技術が必要ならば、解体現場で働くうちに必要な技能は自然に身に着いていくものである。この分野のみを特殊視して、「人材育成」を大げさに喧伝すべき根拠はない。30年間かかるといっても、その時代時代の若者が現場の必要に合わせて職能を獲得していけばよい。日本社会が急激に工業化していた時期と原発を建設していた時期が重なっていた。その時期に、原発建設に携わった技術者たちもそのような道程を踏んで一人前の技術者になったのではなかったか。

 

 

※1. 「原子力利用に関する基本的考え方」原子力委員会、2017年7月20日、5.2.6項、p.15

  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei170720.pdf

【画像出典】

 トップ画像:「小型遠隔重機による機器の撤去」(日本原子力発電株式会社『東海発電所の廃止措置』より)

  http://www.japc.co.jp/haishi/photo_repo/archive04.html

 火力発電と原子力発電の違い:(日本原子力文化財団『「原子力・エネルギー」図面集』より)

  http://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/energy_zumen/energy_zumen.html

 

「原発立地地域から原発ゼロ地域への転換」特別レポート発行〔原子力市民委員会〕

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筒井 哲郎

筒井 哲郎

1941年生まれ。元化学プラント技術者。プラント技術者の会、NPO法人APAST理事。東京大学工学部機械工学科卒。千代田化工建設株式会社などのエンジニアリング会社で、国内外の石油プラント、化学プラント、製鉄プラントなどの設計・建設・試運転に、プロジェクト・マネージャ等として携わる。著書に、『戦時下イラクの日本人技術者』(三省堂、1985年)など。原子力市民委員会 原子力規制部会長。

 

 

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